トップページ > 看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN) > 2012年6月 第138号

ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

[外国人介護士] もっと門戸を開きたい(2012/5/4 南日本新聞)

経済連携協定(EPA)に基づいてインドネシアとフィリピンから受け入れた介護福祉士候補者が国家試験に初めて挑戦し、36人が合格した。病院や介護施設で働きながら学び、難解な日本語の試験を見事に突破した。その努力に敬意を表するとともに、今後の活躍に期待したい。

とはいえ、受験した95人に対する合格率は37.9%で、日本人を含めた全体の63.9%をかなり下回った。受験者が母国で看護師などの資格を得ていることを考えれば、日本語の壁が高かったということだろう。

EPAではこれまで、1300人以上の介護福祉士と看護師の候補者が来日している。看護師なら3年以内、介護福祉士は4年以内に合格しないと帰国しなければならない。

介護福祉士の場合、3年の実務経験が必要なため、原則として試験を受けられるのは滞在の最終年となる4年目の1度きりである。一発勝負の狭き門と言わざるを得ない。

試験は難しい漢字に仮名を振ったり、認知症などの病名に英語を併記したりするなど配慮した。来年からは試験時間の延長など、さらなる便宜を図る方針だ。

とりわけ重要なのは、日本語学習を充実させることだ。不合格者からは十分な学習時間が取れないなど不満の声が出ている。来日後、半年間は日本語研修があるが、その後の学習や試験対策は受け入れ施設に任されているのが実情だ。これでは施設によってばらつきが出かねない。

厚生労働省は学習費用の補助や集合研修の実施など支援に乗り出している。だが、まだ不十分だ。在留期間の延長も欠かせない。

政府は今回不合格でも一定以上の成績をとった人には、1年の滞在延長と再受験を認めることにした。しかし、同様の措置を講じた昨年の看護師候補者の場合、約半数が日本を去った。学習意欲を持ち続けることが難しいことを物語っている。

国内の労働力人口が減る中で介護サービスの水準を維持するには、25年までに介護職員を年平均5万人以上増やす必要があるとされる。これを日本人だけで賄うのは難しく、外国人労働者はますます重要になる。

一方、経済力を付けたアジア諸国でも、高齢化で介護職員の需要が高まると予想されている。このままでは来日希望者を維持できる保障はない。今後はベトナムからも候補者が来日する。政府は外国人を積極的に受け入れる対策を急いでほしい。

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県内12施設で34人 EPAで介護福祉士目指す外国人(2012/5/6 岐阜新聞)

日本とインドネシア、フィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づいて両国から来日し、県内の介護現場で働きながら資格取得を目指す外国人介護福祉士候補者は2008年度の受け入れ開始以降、12施設に34人あったことが11年度末時点の県集計で分かった。県が開いた地域福祉協議会の福祉人材確保分科会で報告した。

県内では8特別養護老人ホームと4老人保健施設がインドネシア人21人、フィリピン人13人を受け入れた。うち、両国の各1人が途中で帰国した。

県によると、介護福祉士試験は実務経験3年が必要で、候補者にとっては11年度試験が初の受験機会。県内では08年度に来日したインドネシア人5人が受験、特養サンライフ彦坂(岐阜市)で働くサエラン・アスリ・フジアンティさんが合格した。

ただ、県内の新規受け入れ数は各年度5〜11人で、増えてはいない。分科会では県老人福祉施設協議会の若山宏副会長が「候補者に対しては日本人と同等以上の賃金支払いが必要であるのに一部ケースを除いて介護職員の人員配置基準上の算定に含められないのが一番の問題だ」と受け入れ施設が伸びない要因を指摘、国に対し候補者に関する同基準の取り扱いの見直しを要請するよう県に求めた。

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受験者の支援さらに(2012/5/8 公明新聞)

公明党の古屋範子衆院議員は7日、横浜市青葉区の特別養護老人ホーム「緑の郷」を訪れ、経済連携協定(EPA)に基づき来日し、日本の介護福祉士国家試験に合格したインドネシア人女性らと懇談した。行田朝仁市議が同行した。

 

EPAによって来日した外国人の介護福祉士候補生は、滞在期限4年間の中で日本語を学ぶとともに介護施設などで実習を行い、試験に臨む。

今年1月の初試験では36人が合格したが、不合格となり帰国した人への対応も含め課題は多い。

懇談の中でインドネシア人女性の一人は、自治体や受け入れ先の介護施設によって外国人へのサポートが全く違う現状を指摘。

同ホームの小川昌宏・副施設長は「日本語を教える講師や住居の確保など、現場がやらねばならないことが多い」と話し、国による支援強化やガイドライン(指針)の策定を求めた。

古屋さんは「現場の意見が反映されるよう取り組んでいく」と決意を述べていた。

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101人が日本へ出発  看護師・介護士第5陣制度定着へ 研修を拡充(2012/5/18 じゃかるた新聞)

2008年に開始した日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士受け入れ事業で、5年目の候補者101人が17日、ジャカルタから日本へと出発した。今年は看護師候補者が29人、介護福祉士候補者が72人。滞在延長の条件となる国家試験の合格率が低水準にとどまり、受け入れ人数も減少傾向にある中、事業の定着へ向けて、今年は日本語研修の期間を昨年よりも三ヵ月延長した。候補者は日本でさらに6ヵ月の日本語研修を受講した後、全国各地の病院・施設での就労を開始する。

昨年の日本語研修はインドネシア3ヵ月、日本で6ヵ月だったが、今年はインドネシアで6ヵ月、日本で6ヵ月に変更。国家試験の難解な日本語が合格のネックになっていることから、日本語の基礎的な学習により力を入れた。

また病院・施設が書類選考などを通して受け入れを決めるマッチング作業を、今年は研修後に行った。病院・施設が受け入れ決定前に日本語能力を把握できるようになったが、約半数の99人が日本語研修のため半年の合宿生活を送ったにもかかわらず、日本へ行けないことになった。マッチングに成功しなかった候補者は、来年度以降の事業に応募することができる。

出発前日の16日には、南ジャカルタの駐インドネシア日本大使公邸で壮行会が開催され、鹿取克章・駐インドネシア日本大使や労働者派遣保護庁のエンダン・スリスチャニンシ副長官、日系の各機関や企業の代表者らが出席した。

鹿取大使は「先輩の活躍は多くの日本人に感銘を与えている。皆さんは日本とインドネシアの重要な懸け橋だ」と激励。

エンダン副長官は今年は看護師が約13%、介護士が37%にとどまった国家試験の合格率について「少なくとも0%に引き上げることが目標」とした上で、「さまざまな面でポジティブな影響を与える事業であるとの認識は共有しており、これからも両政府が制度の改善へ努力を続けていく」と語った。

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介護福祉士に合格でも帰国(2012/5/19 中国新聞)

経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアなどから来日し、国家試験に今春合格した介護福祉士の帰国が相次いでいる。全国では合格者の2割強の8人が母国へ。中国地方でも4人中1人が既に日本を去った。短期間の出稼ぎ感覚で来日した人もいて、長期就労を望む施設と思いのずれもあるようだ。

岡山県の介護老人保健施設では、4年前にインドネシアから来日し、今春資格を取得した1人が今月中旬、家族の病気を理由に帰国した。これまで受け入れた12人のうち、資格を取れていない5人も含め計6人が母国に戻った。施設は1人年間約100万円の研修費を持ち出しており、担当者は「働き続ける気があるのか疑問に感じる人もいた。現場は常に人手不足。5〜10年は働いてほしいのに」とうなだれる。

厚生労働省によると、介護福祉士試験に合格した36人中5人が帰国し、3人が帰国予定。「長期就労を期待する施設の思いが本人たちへ伝わっていなかった」と分析する。本年度から来日の際に合格後に何年働く意向か確認し、施設に伝えるようにしている。

日本貿易振興機構によると、日本の月収はインドネシアやフィリピンの10倍前後に及ぶ。九州大大学院の安立清史教授(福祉社会学)らの2009年の調査で来日動機の上位を占めたのは、家族の経済支援やキャリアアップだった。

文化の違いもある。日本の施設が親切心で受験勉強に力を入れるあまり、母国の家族に会えずに苦痛を感じた人もいたという。安立教授は「彼らは日本側の思いに沿って動くわけではない。意向をくみ取って、働く条件を話し合う姿勢が必要」と指摘している。

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「日本の技術持ち帰る」期待と緊張(2012/5/18 じゃかるた新聞)

17日午後4時、スカルノハッタ空港の出発ゲート前。看護師・介護福祉士候補者が集まり始めた。11時15分発のガルーダ便を前に、まだ7時間はある。それぞれの期待と緊張が高まっていく。

東京都板橋区の病院で勤務予定のエギ・ヌル・イマンさん(西ジャワ州バンドン出身、23)。看護師一家に生まれ、看護師をすでに2年半経験している。「より技術の高い医療を、インドネシアに将来持って帰りたい」と話す。

南カリマン州バンジャルマシン出身者で初めて介護士候補に選ばれたスディルマンさん(23)は、友人の携帯電話を借りて両親に電話。4年後の試験を通過すれば、10年間は日本で経験を積む覚悟だ。「11万円とインドネシアよりはるかに高い給料をもらい、人を助けるという誇りを持ち働きたい」

ゲア・ファウジア・アダムさん(西ジャワ州ガルット県出身、21)は分厚いコートを羽織い、出発ゲートに並んだ。両親ら家族8人に囲まれ、目に涙を溜めた。「大学時代から親離れしてたから大丈夫。自分が悲しんだら、ゲアも悲しむ」。午後8時半、出発ゲートに進むゲアさんを母アニ・スニアティさん(42)は、涙をこらえ娘を送り出した。「技術だけでなく、患者が治るまで介護施設から帰さない医療に対する考え方などたくさん学びたい」。ゲアさんは日本に向けて旅立った。

候補者は18日午前9時ごろ、成田空港に到着。横浜の研修センターでオリエンテーションを受けた後、21日から日本での6ヵ月間の研修を開始する。

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母国にいつか分院を(2012/5/25 朝日新聞)

今春開催の「看護・介護にかかわる外国人のためのにほん語スピーチコンテスト」で優勝したテレシア・マリア・トジ・ピオさん(31)は広島県廿日市市内の病院で働く看護師だ。

「カレーライスが上手に作れたので『カレーガデキタ』と先輩に報告したら、『えー、どんな人?』。『彼』と発音が紛らわしかったのです」。日本語の発音の難しさを笑顔で語った。

経済連携協定(EPA)に基づき、2008年にインドネシアから来日。看護師国家試験に昨年合格した。

夢は、今働く病院の分院を母国に開くこと。経済的に医療を受けられない同胞を受け入れたい。「そのためには、もっと勉強しなくちゃ」。次は、日本語能力試験の最高レベルの合格を目指す。

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