トップページ > 看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN) > 2012年4月 第136号

ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

合宿で日本語特訓 看護師・介護士候補者200人 制度定着へ研修期間拡大 訪日まで1カ月(2012/4/5 じゃかるた新聞)

二〇〇八年から始まった経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士候補者受け入れ事業で、来月に訪日を控える第五陣の候補者たちが、南ジャカルタ・スレンセン・サワの教育文化省語学教員学習センターで合宿生活を送りながら日本語学習に励んでいる。渡航前研修の終了は今月十一日。日本で正式な看護師・介護士として働くための条件である国家試験の合格には、日本語の習得が最大のネックとなっていることが明らかになっており、事前研修の期間の変更など合格率の上昇と制度の定着へ向けて試行錯誤が続いている。

教室に入ると「こんにちは」と元気なあいさつの声が飛んできた。研修以前はまったく日本語を勉強したことがなかった候補者が学ぶ初級クラス。「『手紙を読ませました』。これは何ですか?」「使役です!」。コの字型に座る研修生が白板の前に立つ教師へちゅうちょなく一斉に答える。指導は日本人教師がすべて日本語で行う。六カ月間、衣食住をともにしてきた生徒たちには一体感があり、笑い声も絶えない。

日本語の学習経験がある候補者に対する授業はより対話を重視したもの。「インドネシアでは習い事はありますか?」「どこで習うことができるんですか?」。質問を次々と投げ掛けて、日本語の応用を促している。

研修に臨んでいるのは看護師が五十二人、介護士が百四十八人の計二百人。十四クラスに分かれ、日本語学習経験者が属するのは二クラス。インドネシアでの日本語研修を受託している国際交流基金の公募で集まった日本人教師二十六人が各クラスに二人付き、インドネシア人教師が一人ずつ各クラスに付きそう。

週六日で平日は午前八時半から午後四時二十五分まで授業がみっちり組まれている。宿題も毎日課され、早朝から深夜まで日本語学習漬けの生活だ。

「自律学習が重要」

EPAでは病院や介護施設で働く前の事前研修を六カ月と規定しており、一年目は日本でのみ研修を行ったが、二年目は四カ月がインドネシアで二カ月が日本、三年目は二カ月がインドネシアで四カ月が日本と、毎年修正を加えている。昨年は規定の六カ月の研修を日本で行ったほかに、インドネシアで三カ月間、追加で研修。今年は追加研修の期間を六カ月に増やした。

看護師は一年間の研修後、滞在期限の三年以内に国家試験の合格を目指す。教師陣の主任を務める松島幸男氏は、ハードルの高い国家試験に合格するのにも「期間としては十分」と話すが、就労しながらの勉強となり、受け入れ側に専門の学習指導者がいるわけではないため、「自律的に勉強できることと、受け入れ側が支援体制を整えることが重要」と説明する。

研修期間以外の変更点として、今年は候補者と受け入れ側のマッチング作業を研修開始後に行った。受け入れ側は日本語の練熟度を評価基準に加えることができた反面、マッチングに成功しなかった約百人は六カ月の合宿生活を送ったにもかかわらず、日本へ行けないという弊害も生まれている。

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外国人初、晴れて介護士(2012/4/5 読売新聞千葉)

経済連携協定(EPA)でインドネシアから来日し、介護福祉士の国家試験に先月合格したラゼス・メジントロさん(28)が、袖ケ浦市蔵波の介護老人保健施設「カトレアンホーム」で今月から介護福祉士としてスタートを切った。県内初の外国人介護福祉士となったラゼスさんは「3年後にはケアマネジャーの資格を取得したい」と新たな目標を見据えている。

「食事はおいしいですか」「おいしいわよ、お兄ちゃん」

2008年夏に来日し、語学研修を経て同ホームで働いてきたラゼスさん。約90人の入所者は親しみを込めて「お兄ちゃん」と呼ぶ。

食事や入浴、排せつ、寝起きなどで、優しく声をかけ、丁寧な動作で介助をこなす。試験に合格するまで指導担当を務めた同ホームの高梨美紀さん(35)は「ラゼスは、相手とのコミュニケーションをたくさんとる。誰よりも誠心誠意を込めて仕事をしている」と話す。

ラゼスさんは、インドネシアの大学で看護師の資格を取得して来日。看護技術はすでに習得していたが、日本語が思うように使えないことに加え、文化の違いに苦労した。例えば、イスラム教徒のラゼスさんは、母国では異性の介護を経験していないため、日本で女性の入浴を介助することになり、とまどった。「それまであまり女性の裸を見てこなかったので、びっくりした」と振り返る。

そんなラゼスさんを支えたのは、高梨さんら周囲のスタッフたち。身ぶり手ぶりで指導し、日本式の介護のコツを教え込んだ。

筆記試験対策でも、日本語の教材しかないため、地元のボランティアらが日本語をみっちり指導。期待に応えたいと、ラゼスさんも専門用語を書き連ねた紙を寮の自室のトイレにまで貼り、毎日見返して頭にたたき込んだ。そのかいあって、合格ラインが正解率60%とされる国家試験では、自己採点で85%を超え、一発合格を果たした。

高梨さんは「ラゼスは本当に貪欲に学んだ。もう一人前の介護福祉士です」と成長を喜ぶ。

今後は同施設で介護福祉士としての経験を積み、3年後のケアマネジャーの国家試験を目指すラゼスさんは、「ケアマネジャーの資格を取り、介護の現場でもっと役に立ちたい。将来は母国に帰り、日本で介護福祉士を目指す若い人たちに教えてあげたい」と話している。

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外国人介護士 言葉の壁低くする工夫を(2012/4/2 産経ニュース)

日本の介護福祉士の国家試験に、初めて外国人が合格した。経済連携協定(EPA)に基づいて来日したインドネシア人ら36人だが、37・9%という合格率は日本人を含む全体の合格率63・9%に比べ、かなり低い。

先に発表された看護師国家試験では、フィリピン人とインドネシア人計47人が合格したが、合格率は11・3%しかなかった。

外国人受験者にとって、試験問題の日本語が大きな障害となっているのは間違いない。介護士に合格して記者会見した26歳の女性も「日本語が難しい」と繰り返した。「言葉の壁」を乗り越えられるよう、介護・医療現場での意思疎通の実態も踏まえつつ、厚生労働省には知恵を絞ってほしい。

厚労省の試算によると、高齢化により13年後の日本では介護職で100万人が、看護職では60万人が足りなくなる。不足分は当面、外国人に頼らざるを得ない。

インドネシアとフィリピンから看護師が来日して、初めて日本の看護師国家試験を受けたのが平成21年だった。この時の合格者はゼロで、その後、合格率は1・2%、4%と上がり、今年初めて2ケタとなった。

この間、試験問題の難解な漢字に振り仮名を付けたり、疾病名に英語名を併記したりする改善が行われた。介護士の試験も同様の方式で実施され、その効果で、初の試験で4割弱の合格率を出すことができた。今後もこうした対策を積み上げていくことが大切だ。

厚労省は日本人受験生よりも試験時間を長くし、すべての漢字に振り仮名を付けるなどの対策も講じていくという。試験で不合格だったものの、一定の成績を残した受験生には、滞在期間を延ばして再受験を認める措置も有効だ。

環境面の整備も進めたい。来日後に介護施設や医療機関で働きながら日本語を学んでもらうとなると、施設側の負担も大きい。これをもっと支援していくべきだ。

厚労省の一部には、EPAに基づいて来日した外国人の介護士、看護師らについて「労働力不足への対応ではない」などとかたくなな姿勢を見せる向きもある。

しかし、外国人のほとんどは自国で大学や看護学校を卒業し、資格を持つ人たちだ。むしろ、優秀な人材を他の国に奪われないようにする「人材確保」の視点で、処遇を考えなければなるまい。

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EPAで来日の看護師候補、47人合格 昨年比31人増(2012/3/26 朝日新聞)

厚生労働省は26日、経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアとフィリピンから受け入れた看護師候補者47人が国家試験に合格した、と発表した。受験者は415人で、合格率は11.3%だった。昨年の合格者は16人(合格率4%)だった。

今回は、08年度に第1陣として来日し、滞在期間の1年延長が認められたインドネシア人候補者にとって最後の受験機会となった。27人が試験に臨み、合格したのは8人。このほかに、帰国後に再来日して受験した人も4人おり、うち1人が合格した。この結果、第1陣104人のうち、最終的な合格者は24人となった。滞在期間を終えるため、不合格者は帰国する。

日本人を含む全体の合格者は4万8400人で、合格率は90.1%。

28日には、両国から来日した介護福祉士候補者にとって初めての合格発表がある。

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EPAでの介護福祉士、36人合格 合格率38%(2012/3/28 朝日新聞)

厚生労働省は28日、経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアとフィリピンから介護福祉士候補として受け入れた36人が今年の国家試験に合格したと発表した。EPAに基づく外国人の介護福祉士試験の受験と合格者は今回が初めて。専門学校で学び受験が不要の就学コースを修了した22人を含む58人が、介護の現場で働くことになる。

日本人を含む全体の合格率は63.9%だったのに対し、両国の受験者の合格率は37.9%(受験者数は95人)。ただ、今年の看護師試験で同じEPAに基づく受験者の合格率が約11%だったのに比べると、大幅に高く、厚労省の担当者は「予想以上」としている。

介護福祉士は介護現場で、一般のヘルパーのリーダー役として働くことが多い。EPAの枠組みで研修生が日本に滞在できるのは最大4年間。受験には介護現場での実習が3年以上必要なため、原則1度しか受験できないが、今回の結果を受けて、政府は一定の点数に達した不合格者47人について、在留資格を延長し、来年も受験できるようにすることを決めた。

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介護福祉士たちはいま(上)帰国後も職決まらず(2012/3/26 じゃかるた新聞)

インドネシア人も受験した看護師や介護福祉士の国家試験の合否結果が今月末に発表される。多くのインドネシア人候補者たちが、難関に挑む中、さまざまな事情で、その前にインドネシアに戻って来た人もいる。すでに帰国した人を中心に、介護福祉士候補として奈良、岡山、香川で勤務経験のある三人に話を聞いた。

奈良県の老人ホームで働いていたディディさん(27)は、3月16日夜、ジャカルタに戻って来た。空港には奥さんのニタさん(25)と二人の子ども、お父さんや弟さんが西ジャワのクニンガンから迎えに来ていた。みんなと熱い抱擁を交わした後、昨年12月に生まれた次女のアディラシファちゃんを抱き上げた。ニタさんはほっとした表情でディディさんを見上げた。

本当は日本で介護士の仕事を続け、家族を呼び寄せ一緒に暮らすのが夢だった。ディディさんは、『失敗しました』と私に言った。1月29日の国家試験の後、自分で採点してみると合格点に足りなかった。2月中旬、厚生労働省からディディさんに一枚のハガキが届いた。3年以上、日本の老人ホームで働いたインドネシア人の介護士研修生は二次試験が免除される。しかしハガキには、「二次試験は受けられない」と書かれていて、それは国家試験不合格を意味する通知だった。

とはいえ救済処置で来年1月国家試験まで、日本で研修生を続けられる可能性も残っていた。しかしディディさんは家族や友人と相談し、それから3日後、職場の責任者に帰国することを伝えた。

家族のように

その後も帰国前日まで通常通り勤務した。ディディさんは日本に行く前、自宅で暮らしていたお年寄りをお父さんに代わり亡くなるまで世話をしていた。その経験を生かし日本でもお年寄りを他人でなく家族の一員のように世話をしたいと抱負を語っていた。帰国前、ディディさんの勤務していた老人ホームのお年寄りの多くが、「寂しいから帰らないで」と泣いたという。

ディディさんのお父さんはジャカルタのメンテンでビジネスマンやOL相手にバッソ屋(肉団子)を営み、20年以上土日も休まず働いている。そのお金でディディさんはクニンガンの看護学校を卒業し、日本にいくことができた。ディディさんもお父さんのように故郷を離れ、日本での仕事に励み。昨年末貯めたお金で実家の隣に新居を建てた。

ハードルは高い

日本人はとても親切で、日本はきれいですばらしい国なので、家族を呼び寄せ日本で一緒に暮らしたかった。家族で日本に住む条件を入国管理局などに聞きに行きいろいろ調べたが、外国人が暮らすにはハードルが高い国だと分かった。そして今のような研修生という身分で家族と暮し、子どもを育てていくのは難しいと思った。

帰国を決めてからは日本を去る寂しさでなく、これまでずっと我慢してできなかったニタさんや二人の子どもと暮らせる喜びが沸いてきた。日本を出発する朝、空港に見送りに来てくれた職場の主任は、また奈良に戻って来てほしいと泣いていたという。

日本の良さを理解し性格もやさしいディディさんのような人材が日本から離れていくのは残念だ。同じ職場の同僚だったプリ君は、試験に落ちても滞在を延長し日本で働きたいと言っている。

クニンガンでの職は決まっていない。実家から通える病院で看護の仕事をしたいが、ディディさんは「何でもええわ」と話した。

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介護福祉士たちはいま(下)将来の人生設計描けず(2012/3/28 じゃかるた新聞)

ディディさんや、ワントさんと違い、高松市の老人ホームで働くヌリアさん(29)はインドネシアへの帰国を思い留まった。

3月8日、ヌリアさんは故郷の西ジャワ州クニンガンで結婚式を挙げた。相手は福井県の溶接工場で三年間研修を続け、現在はバンドンで溶接の仕事をしているゲラルさん(27)。朝から夜まで多くの村人が集まった盛大な式だった。

新婚の二人は高松で一緒に暮らしたいと思っている。ゲラルさんのお父さんはバンドンの日系繊維工場に30年勤務し、日本人の勤勉さをよく理解しているので、息子のゲラルさんも日本企業で働かせたかった。それが実現し福井で三年間、日本人の仕事に対する厳しさを学び、職場の内外で日本人から優しくされたゲラルさんは日本が大好きになり、いつかまた日本で働きたいと思っていた。

ヌリアさんもクニンガンの看護専門学校を卒業後、高松市の老人ホームで三年働くことで日本の良さを学んだ。施設の職員やお年寄りから親切にされ、みんなにずっといてほしいと言われているので、高松で介護の仕事を続けたいと思っている。

すぐ先の生活設計描けず 

しかし現在は難しい。1月29日に受けた介護福祉士の国家試験は難しく、自己採点をしてみると合格点に足りなかった。施設はヌリアさんが合格すればゲラルさんの仕事を探してあげると言っていたが、それも難しくなってきた。施設の責任者は、もし不合格でもヌリアさんには来年1月の試験まで働いてほしいと言っている。

しかしその場合、二リアさんは正職員ではないので、夫のゲラルさんが日本で就労することは難しい。日本での生活経験があり日本語もうまく、まじめなゲラルさんを採用したい企業は高松にもあるが、国から労働が認められ、収入が得られるかは不透明だ。

数年先ではなく数カ月先の生活設計が描けないヌリアさんは、結婚を機に帰国しインドネシアで新婚生活を送ることを真剣に考えた。ゲラルさんや職場の同僚らとも意見を交わし、結婚式の後も一人で高松に戻ることに決めたが、仕事中も不安で落ち着かない日々は続いている。

将来、日本に大きなつけ

彼らのように結婚を考え。日本で共働きをしながら子どもを産み育てることで悩んでいるインドネシア人の介護士候補者は多い。適齢期なら誰でも考える問題、これまで日本政府は答えを出そうとしていない。政治家や役人は、日本での仕事や暮らしに慣れたまじめな外国人が普通の暮らしを続けたいという気持ちを理解し、制度を変えることができない。これが日本とインドネシアの政府間で四年近く前に始まった経済連携協定(EPA)の介護士や看護師の受け入れの内実だ。

東日本大震災の後、人手が足りない被災地の老人ホームや病院で働いているインドネシア人の介護士や看護師も多い。一年余り経った今も余震が続き津波が襲って来る不安の中、帰国したい気持ちを抑えて青森県むつ市の病院で看護の仕事を続けている女性もいる。彼女は国家試験の結果が出た後、合否に関わらず帰国する予定だ。日本での将来の生活設計が描けないからだと彼女はいう。

温かい人間の血が通っていない制度は崩壊し、将来大きなつけが日本に回って来るだろう。

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35人合格、合格率37%インドネシア人介護士第1陣初挑戦の国家試験「予想上回る好結果」(2012/3/29 じゃかるた新聞)

厚生労働省は二十八日、介護福祉士の国家試験で、日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士受け入れ事業で日本で働いているインドネシア人候補者九十四人が受験し、三十五人が合格したと発表した。合格率は三七・二%。EPAの介護士派遣では、国家試験を受験するには三年の実務経験が必要とされており、今回が二〇〇八年に日本に入国した第一陣の候補者にとって初めての受験。日本人を含む全体の合格率六三・九%と比べると低い水準にとどまったものの、同様にEPAに基づいて派遣されている看護師候補者の今年の合格率一三・二%(二十六日発表)と比べて高い合格率となった。

第一陣の派遣時はEPAによる看護師・介護士候補者の受け入れが締結されたばかりで、事前の情報も少なく、政府の施設に対する支援も整わないまま駆け足で始まったが、初めての国家試験で約四割の合格率に達し、厚労省は「予想以上に高い合格率だった」との見方を示している。

EPAに基づく介護士ではほかに、日本での三年の実務経験という条件を満たしているフィリピン人候補者一人が受験し、合格した。EPAに基づく介護士候補者全体の合格率は三七・九%だった。

EPAの規定では滞在期限は四年とされているが、当初は支援制度が整っていなかったこともあり、政府はすでに〇八年と〇九年に入国した候補者に関しては、国家試験の成績上位者に限り特例で一年の滞在期限延長を認めることを決定している。

看護師の国家試験では難解な漢字などがネックとなり、合格率が低水準にとどまってきた。これを受け、看護師試験と同様、介護士試験でも専門用語に振り仮名を付けるなどの措置を取った。来年からは両試験とも、外国人候補者が受験する際には試験時間を延長するほか、すべての漢字に振り仮名を付ける措置を取ることを決定している。

介護士は定着も可能

東南アジアの地域研究が専門で、看護・介護労働者の国際移動などを研究する京都大の大野俊特任教授は、インドネシア人介護士候補者の合格率が四割近かったことについて「インドネシア人看護師候補者の合格率が一三%にとどまった中で、(毎年受験できる)看護師と違い一発勝負の介護士候補者の合格率は大方の予想を上回るものだった」と評価。

「看護師に比べて介護士は人手不足という現状があり、また施設側のインドネシア人介護士に対する評価も高かったことから、滞在をさらに延長してほしいという要望が強い」と語り、「特例措置によって来年受験する候補者も含めて、合格者が過半数をクリアできれば、EPAによる介護士受け入れ制度はある程度定着させることが可能」との見方を示した。

一方で四回目の受験となった看護師国家試験では依然としてインドネシア人候補者の合格率が低い水準にとどまっていることについて「定着へ向けて課題は多い」と述べ、さらなる試験制度の改善が必要と指摘した。

「日本は努力に感謝」

EPAの看護師・介護士候補者を継続的に支援してきた海外技術者研修協会(AOTS)の大谷秀昭・広報グループ長は、候補者たちが頻繁に連絡を取り合っているフェイスブックで「合格できなかった方もがっかりしないでください。三七・九%が合格ということは、六二・一%は不合格です。皆さんの努力は日本人の誰もが知っていますよ。日本のために本当にありがとうございます。心から感謝します」とつづり、候補者たちをねぎらった。

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