トップページ > 看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN) > 2009年11月 第107号

ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

看護師への道/外国人/壁に直面/対策は施設任せ/系統的育成が必要。(2009/09/27 日本経済新聞 朝刊 27ページ)

経済連携協定(EPA)に基づく最初のインドネシア人の看護師候補者が壁に直面している。候補者は母国での実務経験もあるが、土台となる日本語の習熟というハードルに加え、両国間の看護教育の微妙な違いや、保険制度の相違などもネックとなっているようだ。日本語学習も国家試験対策も受け入れ施設に委ねられており、病院側も手探りの状態。候補者らの支援団体は、「系統だって教育する枠組みが必要」と指摘している。

「ジドウ、ジドウギャ……」「じどうぎゃくたい(児童虐待)ね」。奈良東病院(奈良県天理市)で研修を受けるインドネシア人看護師候補生のハリアント・ジョハンさん(25)とジュマリさん(34)。看護師国家試験の模擬問題文の読み上げにつかえると、看護主任の今西豊香さん(37)が静かに正した。

同病院は2月、インドネシアとのEPAに基づき来日した看護師2人を受け入れた。2人は日本語学習に加え、看護師国家試験突破に向けて猛勉強中だ。同病院の場合、月曜は午後の4時間、火曜から金曜は同2時間を試験勉強や日本語教育に充てる。指導は同病院の管理職の看護師ら7人が担当。「毎回10〜15問の模擬問題を読解も含め宿題で出すが、答えが合う回数も増えてきた」と今西さん。

同病院は「将来、人口が減少し人材難に直面する」(岡田智幸事務長、36)との危機感から、国の政策に先立つ2006年から、試行的にフィリピン人看護師を留学生として受け入れた実績がある。

その経験を生かし今春から試験的に、インドネシア人看護師候補生向けにeラーニング(ネットを使った遠隔教育)を導入。臨床研修に重きを置くために、日本語学校への通学負担軽減などを図るのが目的だ。受講内容には医療や介護の現場で使う言葉などを盛り込んだ。各地の施設で研修する候補生同士がパソコン画面上で顔を合わせられる仕組みもあるという。

ただ、受け入れ後の教育は各施設にほぼ任されており、手探り状態の施設も多い。
インドネシア人看護師候補者1人を受け入れたさくら病院(愛知県大口町)の場合、当初は看護の専門教育を中心に指導したが、病名や症状など漢字の読み取りでつ まずいた。現在は日本語の教育中心にシフトしている。

◇制度の違いネック
 難しいのが教材選び。日本の昔話の本は「文化の違いが大きく理解しづらかった」と竹山富佐子教育担当部長(63)。新聞記事を繰り返し読み書きしたり、職員との 日常会話を日本語で書き出したりと「どんな方法がいいのか色々変えている」のが現状だ。

同病院で研修中のディアンさん(28)は、「大きな病院で働いてキャリアアップしたい」と、夫と3歳の娘を残して来日。「(患者が)早口や口ごもるとわかりにくい。何度も聞いてわかるようにする」と謙遜(けんそん)するが、患者の評判はよい。竹山さんは「方言交じりの患者の話を時間をかけて聞き取る。話を聞いてもらうだけで喜ぶ患者もいる」と評価する。

ただ、患者とコミュニケーションはとれても国家試験の読解力は別。「困っているのは日本語だけ。特に漢字」という

看護師候補者は母国で看護師の資格を取り実務経験があるが、受けてきた教育内容は「詰め込み型の日本とは違うようだ」と竹山さん。

あるときディアンさんが、「患者が手が痛いと言っている」と看護師に報告した。「手のどこ?」と看護師が聞き返すと「手です」。患者に確認し、痛む場所が前腕部だとようやく分かった。日本の看護教育では上腕、前腕、手と分けて把握するよう教わるが、本国では教わった覚えがないと話す。「どんな教育を受けてきたのか分かると教え方も変わってくるのだが……」と竹山さんは打ち明ける。

教育だけでなく2国間の制度の違いも大きい。例えば、介護保険制度などは日本独自の制度。国家試験にも出題されるが、「(高齢者の介護予防や相談窓口などがある)『地域包括支援センター』などは概念から説明しないと分からない」と奈良東病院の岡田事務長。ジュマリさんらは「保険制度に関することなど、(文章としては)読めても理解できないことがある」と漏らす。

◇ボランティア支援
岡田事務長は「国家試験のハードルは高すぎる。語学と臨床研修を並行するなら7年はかかるのでは」とした上で、「どういう勉強をすれば効率がいいのか、国も現場 も手探りの状況」と話す。

こうした中、病院の支援に手を挙げるボランティア組織などが現れた。「関西インドネシア友好協会」(事務局・兵庫県芦屋市)は4月から本格的に、同県西宮市や川西市など3カ所の医療機関にメンバーがボランティアで出向き、インドネシア人看護師候補生らに日本語研修を行う。

川西市の病院のホームページでインドネシア人候補生の受け入れを知った杉原貞二郎会長(58)らが病院側に呼びかけ、勉強会が実現。月1回、候補生ら6人が集い、日本語のレベルを確認し合うなど交流機会も設けている。

また、「社団法人 日本・インドネシア経済協力事業協会」(東京・千代田)も、インドネシア語を話せる職員を各受け入れ施設に派遣、学習状況などを聞き取り調査している。希望する施設には小中学校の教員経験者らで構成する「地域支援員」も派遣、日本語教育の底上げを図っている。

医療、大学関係者らで作る支援組織「ガルーダ・サポーターズ」(事務局、東京・ 足立)の本多敏子共同代表は「日本語を習得させ、国家試験に合格するまでの全体の枠組みがないことがこの制度の問題」と指摘する。一方、「頑張れば不可能ではない目標」とも話す。同組織では今後、モデルとなるような研修のガイドラインを提案することを検討中だ。(吉田直子、岡田直子、島田貴司)

▼外国人看護師候補者 日本はインドネシア、フィリピンと、人の移動や投資などの経済活動の自由化を進める「経済連携協定(EPA)」を締結。これに基づき候補者が順次来日している。候補者は3年間で3回まで国家試験を受験可能で、合格すれば 日本国内で就労を続けられる。それまでは病院や施設で日本人と同等の給与で働きながら、日本語や看護の勉強をする。

日本はインドネシアとのEPAに基づき、2年間で最大1000人の看護師・介護福祉士候補を受け入れる予定だった。ただ、1年目の昨年は受け入れが208人。2年目の今年は残る792人が上限だが、受け入れは400人弱にとどまる見通しだ。

今年度から始まったフィリピンからの受け入れも、2年間で最大1000人を予定する。初年度は働きながら資格取得を目指すコースで看護200人、介護250人の計450人が受け入れ上限だが、実際の来日人数は283人(看護93人、介護190人)だった。応募はそれなりにあるが、現地の採用段階で絞り込まれることが背景にある。

現地で面接してみると、日本語が十分でなかったり、看護や介護の経験が不十分だったりと事業主のニーズと候補者がうまく結びつかない面もあるようだ。「フィリ ピン候補者のなかには50歳を超える人もいて、もっと若い人が欲しいという声もあった」(国際厚生事業団)。

事業主側には、受け入れても定着してくれるかどうかといった不安もあり、受け入れ希望数は横ばい状態。加えて、費用負担の問題もある。例えば、第2陣のインドネシア人の受け入れには、事業主は約57万円払う必要がある。入国から半年間の語学授業料約36万円のほか、雇用契約支援のためのあっせん料1人あたり13万8000円を払う必要がある。このほか受け入れ側の書いた求人票の翻訳などで3万1500円などがかかる。「あっせん手数料は民間の職業紹介と比べれば安い方」(厚労省)という。

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国家戦略を問う人口危機/避けて通れぬ移民政策//核心(2009/09/28 日本経済新聞 朝刊 5ページ)

国家戦略室とは物々しい名前。だが確かに今ほど国の長期的、全体的な戦略が問われている時期はない。麻生太郎氏まで3代の首相は個別問題への対応つまり戦術にこだわりすぎた。

戦略的失敗は戦術的勝利だけでは覆せない。プロイセンの軍人、クラウゼビッツの観察は今でも新しい。
では、やがて国家戦略局となる新組織は何をするのか。担当閣僚の菅直人氏は「大きな方向のなかでいろんなことに取り組む」というが、おのずから優先順位というものがある。

長い目でみて極めて大きな問題は人口減少だ。新政権は子ども手当など少子化対策をそれなりに示した。だが現実問題として避けて通れない外国人受け入れの戦略については民主党のマニフェスト(政権公約)に書かれていないし、閣僚からもあまり聞かれない。

国家戦略局を担う内閣府副大臣に就任した古川元久氏や、大塚耕平内閣府副大臣ら6人の民主党議員(当時)は6年前、月刊誌『Voice』にこんな見出しの一文を寄せた。

「1000万人移民受け入れ構想」――。毎年、60万人もの人口減を放置すれば、年金不安や市場縮小、地価下落、国際社会での存在感や発言力の薄れが懸念されると指摘。日本経済のけん引車となりうる人材を招き入れるべきだと説く。

昨年は自民党の外国人材交流推進議員連盟(中川秀直会長)が今後50年間に1千万人の移民を受け入れるための政策を提言した。

示し合わせたように民主と自民の有力者が1千万人の受け入れを掲げる。危機感は同じなのだろう。
4年前から減り始めた人口は2055年に30%減の9千万人弱となる。明治維新当時の2・6倍とはいえ10人のうち4人が65歳以上という超高齢化社会だ。そのほぼ10年後、日本の人口は英国にも逆転される。何とか働き手の減り方を緩やかにしたいが、少子化対策が功を奏しても出生率の急上昇は望みにくいし、生まれた子供が働き始めるのは20年程度も先……。

そんな暗たんたる見通しが、人口のほぼ1割を外国人にする構想の元にある。ところが両党とも外国人受け入れ拡大には慎重だ。日本人の失業増という現実が一つ。また、これまでの受け入れ政策がずさんで、外国人と受け入れた地元の双方が不満を抱えており、それを解決しないと前に進めないという事情もある。

昨年8月、政府間の経済連携協定に基づきインドネシアから看護師と介護福祉士の候補が来日した。東京・杉並の河北総合病院に就職したのはモハメド・ユスフさん(28)ら男性二人。看護助手として働きながら日本語や看護を学び、看護師試験に備えている。

母国で看護師だったユスフさんは「看護学はほぼ分かる」という。難題は漢字だそうだ。来日から3年以内に資格を取らないと母国に戻らなければならない。期限内に合格できるか「自信ない」と不安そう。

介護福祉士を希望し横浜の老人ホームで働くのは元看護師のダンタさん(28)。「お年寄りのお世話は楽しい」と笑顔で話すが、彼女も漢字と苦闘中。介護福祉士は来日から4年以内の資格取得が条件だ。「試験問題の漢字にふりがなをふってもらえたら……」と切実な胸の内を明かす。

これでは希望を胸に来日した若者を3―4年働かせ、そのまま母国に帰す結果となる可能性が大きい。

民主党で外国人問題に取り組んできた中川正春文部科学副大臣は個人的見解として「資格試験問題は母国語に翻訳し、別途、業務に支障がないかをみる日本語試験を課す」案を示す。

そのぐらいの配慮は当然だ。看護師候補らよりもっと気の毒なのは1990年の入管法改正で受け入れた日系外国人や中国などからの研修・技能実習生たち。日本語や日本の習慣を学ぶ機会が十分になかったこともあり、劣悪な労働環境で働かされたり、この不況で失業したりする人が多い。ごみ出しなどをめぐる住民とのトラブルも多い。

政府は定住外国人施策推進室を設け、約31万人の日系ブラジル人らの就職や教育などを支援し始めた。
だが近い将来を考えればこれらの政策を進めながら受け入れ拡大の方策も急いで検討する必要がある。
先進国では移民が自国民とあつれきを生じないよう3―5年と短期の出稼ぎ者を受け入れる例も多い。その方式で受け入れ人数を増やすのは一つの考え方だ。ただし短 期では日本語や日本の習慣を覚える気にならない。悪くすれば職を失い犯罪に走る人も出る。

元法務官僚の坂中英徳移民政策研究所長は「若い外国人を受け入れて農業高校などの学校で教育し、就職を支援し、永住を認め、日本国籍を速やかに与える」という育成重視の日本型移民政策を提唱する。

どんなやり方をとるかや人口の1・7%の外国人比率をどこまで高めるかは、それこそ国家戦略として考えるべきテーマ。忘れてならないのはその検討をもはや先送りできない現実だ。 医療や介護の現場で、農業、工業、研究開発の現場で働き手が絶対的に不足する時代は目の前に来ている。

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外国人看護師/在留期限「7年」の壁/ベトナム人「悔しい」 (2009/10/07 東京読売新聞 夕刊 11ページ)

◆言葉の壁は越えたのに… 
日本の看護師養成校で学び、資格を取ったベトナム人看護師たちが、7年の在留期間が切れるのを前に「日本で働き続けたい」と訴えている。研修名目で来日し、帰国は“既定路線”だが、同じ外国人看護師でも経済連携協定(EPA)で来日したインドネシア人らは資格を取れば就労期間の制限がなく、「不公平だ」との声もある。日本の労働市場開放の問題にも絡むだけに反対意見もあるが、彼女たちの叫びは外国人看護師の就労問題に一石を投じている。

千葉県の袖ヶ浦さつき台病院で働くファム・ティ・ミンフーさん(29)は、ベトナム・ハイフォン出身。現地の高校卒業後に日本語の勉強を始め、20歳だった2000年に来日した。秋田県内の看護専門学校を受験して合格し、03年に看護師資格を取得。ミンフーさんら外国人看護師は入管難民法に定める「医療」の在留資格で滞在し、免許取得後、7年に限って就労が認められている

期限が来年4月で切れるミンフーさんは「日本語を必死で学び、国家資格を取り、看護師としてやっと一人前の仕事が出来るようになった。助産師の資格も取りたいし、患者さんとの人間関係も築いた今、『帰れ』と言われるのは悔しい」と話す。

「医療」の在留資格で滞在する外国人医師・看護師らは昨年末で計199人で、看護師が相当数を占めているとみられる。就業看護師約87万7000人に占める割合は小さいが、4年前の1・7倍に増えた。

ミンフーさんは、永住許可を申請する予定だが、許可には、原則10年以上の在留などが求められる。学生時代の3年と合わせ計10年になるため、先輩看護師の中には永住が認められた人もいる。だが、審査には時間がかかる上、許可されなければ帰国を余儀なくされる。母国でも看護師として仕事はできるが、就労先があるとは限らない。

同病院には、ミンフーさんと同じ立場のベトナム人看護師が3人いる。3年後に在留期限を迎えるグェン・タン・ヴァンさん(26)も「7年の壁がいつも心にひっかかっている」。同病院の竹内美佐子看護部長は、「やる気がある優秀な看護師を外国人というだけで帰国させるのは忍びない。病院にとっても大きな損失だ」と話している。

◆「研修」堅持を/制限おかしい
国が外国人看護師の就労を「研修」として期間の上限を設けているのは、日本での看護技術の習得を国際協力の一環と位置づけているためだ。本国に戻り、学んだ技術を生かしてもらうという基本姿勢がある。だが、専門技術を持つ外国人労働者の受け入れ拡大策の一環として、法務省は06年に在留資格に関する省令を改正。6年以内だった外国人医師の就労期間の制限を撤廃し、看護師も期間を4年から7年に延長した。

規制撤廃を訴える声に対し、日本看護協会の小川忍常任理事は「外国人看護師は研修の一環として受け入れるという国の立場を堅持すべきだ。医療現場の看護師不足は深刻だが、それを外国人で補うのではなく、潜在看護師の復帰などに向け、労働環境を改善するのが先」と反対する。

外国人看護師の受け入れ問題に詳しい安里和晃・京大准教授は「国家資格という要件を求めながら、就労期間を制限するのはおかしい。永住権も視野に入れた長期間の就労を認める制度改正が必要」とし、少子高齢化が進む中、「専門職を使い捨てるようでは優秀な人材は確保できない。もっと先を見据えた議論をすべきだ」と指摘している。

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「外国人スタッフ」セミナー/仲間としての受け入れを(2009/10/09 シルバー新報)

本紙が主催し、2日に開催したセミナー「外国人スタッフの活用の可能性を探る」では、既に国内のフィリピン人を介護の戦力として活用している事業者がその取り組みを紹介した。仲間として受け入れることが大切という。日本に暮らし、就労ビザのある外国人は増えているものの、「外国人はちょっと」という感覚は根強い。一方で、「安ければいい」という感覚もあり、まじめに仕事を得ようと思っても恵まれないのが現実だ。

しかし、まだ少ないが、外国人の介護職としての雇用を試み始めている介護施設もある。「2025年には45%の働く人が55%の働かない人を支える時代がくる。働き手として女性、高齢者、外国人を増やすことは不可欠」と話したのは高齢者住宅アミーユを全国展開するメッセージの菊井徹也関東地区本部長。

同社では関東エリアの11施設で18人のフィリピン人を雇用。同社の介護は居室を住まいと見立てて、ケアプランに基づき訪問でサービスを行うオーダーメード方式が基本。介護を行う職員と生活援助を行う職員は区別するなど役割も明確化。介護職員については、キャリアアップの研修を行い、年功に能力を加味した賃金体系を導入している。

フィリピン人も同様の扱いになるが、漢字にルビを振っても昇格試験の合格は難しいという。ただ、一所懸命働く人が多く、元気があり、スキンシップが得意で入居者からも概ね好評という。「言葉のハンディを助ける工夫は必要だが、他の職員と区別しないことが重要」と強調した。

「ハンディのある人を仲間として受け入れることで、職員が優しくなる。同じ仲間として受け入れることが大切」有料老人ホームシルバーヴィラ向山を運営するさんわの岩城隆就社長も同じ意見だ。同社は28年の歴史を持つ老舗。入居者160人に対し、外国人、障害者、高齢者など多様な人材、働き方の職員が140人。外国人の国籍も、中国、タイ、フィリピン人と多様だ。

中国人は漢字の問題はないが、フィリピン人は苦手。ハンディをクリアするために同施設では、介護の記録を「記号化」、最低限必要になる単語には英語のふりがなをつけたり、入居者の英語の名簿を作るなどの工夫もしている。

雇用に対する考え方が驚くほど柔軟なのがこの施設の特長でもある。「高齢者の多様性を理解するために、多様なバックグラウンドがある人を受け入れることは重要」という言葉が印象的だった。

フィリピン人の介護職に携帯端末で介護記録を入力してもらうようにした施設では本人のやりがいアップにつながった。医療法人翠会の本部長付の和田義人氏は、「記録のデジタル化は情報の共有、分析に有効なだけでなく、見えにくい介護の可視化にもなり政府も注目している」という。

人手がないから外国人では結果は目に見えている。将来を見据え、今の介護を一歩進める中で、外国人雇用を考えてみてはどうだろうか。

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長寿大国の虚構/軽快なルポ/外国人介護士に焦点/出井康博著(読書) (2009/10/18 日本経済新聞 朝刊 23ページ)

日本の長寿化・高齢化は世界の先頭を突っ走っている。齢(よわい)を重ね、からだや心が弱ったひとの暮らしを手助けしたり、病身からの復調をリハビリテーションで支えたりする人材が圧倒的に少ない。そんな長寿大国の断面を、外国人介護士のしごとを通じてルポルタージュした。

高齢者や障害者の介護にまつわる本は多々あるが、日本人を介護する外国人にフォーカスした書は貴重だ。取材の舞台はフィリピンの片田舎の施設からインドネシア政府の当局者までと、幅広い。雑誌連載をもとに加筆しているので構成がいくぶん雑な面はあるが、出井氏のフットワークの軽さと問題意識の深さを感じさせる。

外国人による介護には2つのルートがある。一つは、インドネシアやフィリピンなど経済連携協定の締結国から厳格なルールに基づいて介護士に日本へ来てもらう。もう一つは、彼(か)の国に移り住み、そこで介護を受ける。

ルポはフィリピンの日本人向け老人ホームが起点。入居者にはそれぞれの事情があり、介護に取り組むフィリピン人が抱える事情もさまざまだ。著者はそこに日本への人材の送り出しを難しくしている事情の一端を見つける。

日本側の制度不備にも迫る。連携協定に基づく介護士の斡旋(あっせん)・仲介は厚生労働省が所管する社団法人が独占している。ご多分に漏れず、役所から天下りを受け入れている組織だ。経済産業省の所管法人は来日介護士への研修を引き受けている。ここにも天下りしてきた「過去官僚」がいる。

厚労省の担当室長は「連携協定と(介護現場の)人材不足解消とは別の問題だ」と証言している。このひと言こそが、外国人介護士を取り巻く問題を象徴する。
介護福祉士の国家試験は日本人にも難解だ。日本にやって来た介護従事者のほとんどは、その難しさの水準さえわかっていない。長寿大国の困難に外国人として立ち向かうには、介護実務の習得と、ことばのハンディキャップ克服が不可欠だ。その常識が厚労官僚らの作為によって非常識にされているとすれば、政治主導で正すしかあるまい。長妻厚労相に目を通してもらいたい一冊。(新潮社・1500円)

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