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ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

【金曜討論】外国人介護福祉士・看護師 坂中英徳氏、樋口恵子氏(2009/7/3 産経ニュース)

インドネシア人やフィリピン人などの外国人を、介護福祉士や看護師として積極的に活用していくべきか、否か。介護や看護の現場からは「日本の労働力」だけではやっていけない、と悲鳴が上がる一方、コミュニケーションなどを不安視する声も少なくない。「外国人が長期に安定して働けるような仕組みを作っていかねば社会がもたなくなる」と主張する坂中英徳・移民政策研究所所長と、「むしろ日本の若者や中年女性が介護や看護職を志したくなる施策を打ち出すべきだ」とする評論家の樋口恵子さんに聞いた。(清水麻子)

≪坂中英徳氏≫

◇高齢者の支えに絶対必要

−−外国人労働者の受け入れに積極的だ

「特に介護や看護分野では、どんどん受け入れていくべきだ。今後、高齢者がさらに増え、支え手を大量に増やさなければいけないのは明らかなのに、日本はこの深刻な人口危機を直視しようとしない。非常に恐ろしいことだ。外国人を積極的に受け入れないままだと日本は、80歳になろうが、90歳になろうが、一生働かないといけない社会になってしまう。働けるのはいいことだが、健康なままで働ける人ばかりではない」

◇忙しい介護現場の力に

−−介護や看護の質の低下を指摘する声もある

「ケアの心は世界共通のはずだ。すでに日本人と結婚した外国人妻の中にも介護の現場で働く人がいるが、非常に評判が良い。逆に日本人が失いつつある敬老精神を持っていたり、話し好きだったりで、高齢者も喜んでいる。言葉や文化の違い、仕事の細かさなどは、日本人スタッフが手を貸してあげたらいい」

「また、日本人と同じ給与を保障すれば、質の高い人材が集まるはずだ。介護や看護の現場は非常に多忙で職員は悲鳴を上げている。外国人が1人でも増えれば、数カ月後には力になってくれるはずだ。労働市場を『開国』し、現在の2カ国のほかにも、タイやミャンマーなど東南アジアを中心にどんどん受け入れたらいい」

◇養成校で受け入れ可能

−−具体的な手法は

「今のEPA(日本とインドネシア・フィリピンとの間の経済連携協定)を通じての受け入れは、表向き外国人に門を開いておきながら、事実上、国家試験で排除する可能性が大きい。日本の介護福祉士や看護師の国家試験を日本語で受け、不合格なら帰国しないといけないからだ。介護や看護の技能は十分なのに、日本語能力で不合格となり、帰国を余技なくされた彼女たちはどう思うだろうか。こんな血も涙もない受け入れ方は、日本の印象を悪くするだけだ。この仕組みを根本から変えないといけない。外国人に日本の高齢者のために働いてもらうのだから、最初から『受け入れありき』の仕組みに変えないと日本に根付いてくれないだろう」

−−EPAに代わる制度は

「全国に約500ある介護福祉士の養成校は、若者の志望者が少なくて閑古鳥が鳴いているというが、ここを活用しない手はない。一定期間、介護技術や日本語、文化なども学んでもらい、日本の介護や看護を担う人材として育成しながら働いてもらう。育成資金は日本政府が拠出する。在留資格を与え、国家試験に落ちても准介護士などとして引き続き働けるようにする。日本は人口危機をばねに、多文化共生社会を目指したらどうか。骨太国家になるはずだ」

≪樋口恵子氏≫

◇日本人が志す職業にせよ

◇専門性が総崩れする

−−特に介護分野への外国人の受け入れに慎重な立場だ

「外国人の受け入れに積極的な経済界の方たちの言葉を聞くと、どうも『介護は誰でもできる仕事だ』という気持ちが見え隠れする。簡単で単純な仕事には外国人に安い労働力を提供してもらおうと…。私は、『ちょっと待ってくださいよ』と申し上げている」

「例えば食事介助一つとっても専門性があるが、現状ではそれが十分に理解されていない。そんな中に、『安くてもいい』という労働力が入ってくると、介護保険以前から営々と積み上げてきた介護の専門性が総崩れし、要介護者の尊厳も共に崩れてしまう可能性がある。いったん介護はそういう世界だというレッテル張られると、日本の志ある若者も就職しなくなる」

−−言葉や文化への懸念は

「もちろんある。介護の仲立ちになるのは言語だ。標準語で過ごしてきた人も、年をとればなまりがでるし、ましてや他者のサポートを受けないと生活できない要介護者となれば、母国語を話し、自国の文化が分かる職員に介護してもらいたいのが共通の願いだろう。それは日本人に限らないはずだ。例えば若いころ、韓国から日本に来て苦労しながら日本人顔負けの大阪弁でやりとりしていた在日韓国人の方が、80歳を過ぎて習得した日本語を忘れて母国語に戻るという話がたくさんある」

●中年女性は人材の宝庫

−−外国人なしで将来の労働力不足に対応できるか

「現実的には外国人の受け入れを一定程度、拡大していかざるをえないだろう。現在のEPAを続け介護施設や病院で受け入れていくことに反対ではない。施設や病院でなら、外国人介護士と日本人スタッフが相補っていける。アジアへの研修・技術移転の機会ととらえるべきだ。ただし在宅ヘルパーにまで広げるのは無理がある」

−−支え手を日本国内で増やすには

「子育てなどでいったん職を離れた日本の有資格者などに再就職してもらう仕組みをもっと整えていくべきだ。日本の中年女性は人材の宝庫だ。また政府にぜひ頑張ってもらいたいのは、介護や看護に熱い志を持つ日本の若者を育成するシステム作りだ」

「人生の1年間くらいは介護福祉現場で働いてもらう『公的介護福祉ボランティア制』の導入はどうか。スウェーデンでは大学共通試験の点数が足らなかった場合、福祉系職場で1年間、インターンをし、雇い主の推薦により点数が上乗せされる制度がある。ドイツでは兵役を受けたくない若者が福祉現場でのボランティアで代替できる制度があり、介護に興味を持つ若者が増えている。こうした制度を日本でも検討したら良い」

【プロフィル】坂中英徳
さかなか・ひでのり 移民政策研究所所長。昭和20(1945)年、韓国(朝鮮)清州市生まれ。64歳。京都府立東舞鶴高校、慶応大学大学院法学研究科修士課程修了。東京入国管理局長などを経て、平成17年に同研究所設立。今後50年間で外国人移民1000万人を受け入れる構想の素案作りに携わる。

【プロフィル】樋口恵子
ひぐち・けいこ 評論家、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長、東京家政大学名誉教授。昭和7(1932)年、東京都生まれ。77歳。お茶の水女子大学付属高校、東京大学文学部卒。時事通信社、学習研究社、キヤノン勤務を経て評論活動に入る。「女性と仕事の未来館」初代館長。

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【私も言いたい】外国人の介護福祉士・看護師 賛成過半数(2009/7/2 産経ニュース)

今回のテーマ「外国人の介護福祉士・看護師」について、6月30日までに910人(男性629人、女性281人)から回答がありました。「外国人受け入れに賛成」は半数以上に上りましたが、6割弱が「外国人からケアされることに不安」と回答。受け入れ国の拡大についての賛否はほぼ半数に分かれました。

(1)「医療や介護分野への外国人受け入れに賛成か」    YES→58%、NO→42%

(2)「外国人からケアされることに不安はあるか」     YES→56%、NO→44%

(3)「受け入れ国を現在の2カ国以上に広げることに賛成か」YES→52%、NO→48%

◇日本の現状に救い

茨城・男性会社員(48)「介護関連業界は待遇が良くないので、志を持っていても辞めてしまう人が多い。外国人には、その待遇でも母国よりは良い場合もある。最近の日本人よりお年寄りを大切に考える国もあるし…」

オーストラリア在住・男性会社員(36)「国際化が進む今の日本なら、外国人からのケアも一般レベルで受け入れられるはず。法的基準を作り、そのハードルを超えた場合に限って介護・看護の資格を与えればよい。外国人も高い専門知識、そしてやる気をもって日本を訪れると思う」

秋田・男性教師(34)「近い将来起こる若年人口不足を考えると、不安などと言っている場合ではない。『どうしたら外から人に来てもらえるか』を考えるべきでは。いわば国全体が『限界集落』化しかねない状況だ」

フィリピン在住・男性会社員(41)「私が病気のときはフィリピン人医療従事者に世話になり、何ら問題はない。医療・介護従事者が不足なら積極的に外国人を受け入れるべきであり、そういう時代になってきている」

◇現在の労働環境改善を

広島・主婦(72)「義母が特別養護老人ホームに入っているが、外国人とは話しにくく遠慮も出てくるという。私は世話をしてもらいたくない。介護保険料を値上げしてもいいから日本人だけの職場にしてほしい」

東京・男性団体職員(70)「能力的には問題はないと思うが、心理的にはどうか。日本人として、日本で最期を迎えるときに見守ってくれる人が外国人でいいのだろうか」

神奈川・主婦(57)「日本人の失業率が高いのに、なぜ外国人介護福祉士、看護師を必要とするのか。日本人が進んで働ける環境を整えることが先決だ」

千葉・男性無職(72)「現在の看護師、介護福祉士の劣悪な労働環境や待遇の改善が先決。やりがいのある仕事を探している若者をこの職場に呼び込み、年寄りが安心して看護・介護が受けられるようにすべきでは」

鹿児島・男性自営業(62)「近年の政府は何でも外国人に頼った政策を考えているようで非常に危機感を感じている」

【外国人介護福祉士・看護師】 日本とインドネシアとフィリピン両国との間で締結された経済連携協定(EPA)に基づき、日本は両国から介護福祉士・看護師候補生を受け入れている。候補生は、3〜4年以内に介護福祉士・看護師の国家資格に合格すれば、日本で働き続けることが可能。給与は日本人と同額が保障される。

平成20年8月に初めてインドネシア人の候補生208人が来日し、現在は日本語を学びながら全国100カ所の病院・介護施設で働く。また今年5月にはフィリピンから候補生283人が来日し、10月末から日本の病院や施設で働く予定。タイとの間にも平成19年11月、EPAが発効しているが、介護や看護人材の受け入れについては未定。

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アジアの看護師、私が育てる .. 61歳元看護部長(2009年6月28日 読売新聞)

上京・住み込み・定時制…自分に重ね 〜言葉より笑顔「教わった」

病室で、高齢の女性患者がトイレに行くのをこらえていた。「アランさんじゃないと嫌」。フィリピン人の介護士を待っている。

東京・八王子市の永生(えいせい)病院。元看護部長の宮沢美代子さん(61)は、そんな光景を何度も見てきた。

この病院が最初に外国人のヘルパー実習生を受け入れたのは2004年。宮沢さんは当時、フィリピン人といえば夜の仕事の女性、という連想しかなかった。言葉も不十分な人たちと仕事が出来るのか、患者さんの反応は……。「外国人に繊細な仕事を任せられない」という同僚もいた。

しかし、働き始めた姿を見て驚いた。笑顔と大きな身ぶりで、あっという間に患者の心をつかむ。言葉がわからない分、耳元でじっくり話を聞く。大家族で育ったせいか、高齢者を敬う態度がにじみ出る。日本語を教えようと張り切るお年寄りも出始めた。

心と心で通じ合う――。看護、介護の基本を、改めて思い知らされた。

3人兄弟の長女。戦後まもない長崎県の、佐世保基地に程近い海辺の町で生まれた。「女性が自立できる仕事はバスの車掌か看護婦ぐらいでした」。看護の道をめざし、上京した。

東京・新宿の産婦人科医院の寄宿舎に住み込み、看護助手として働きながら2年間かけて准看護婦の資格を取った。定時制高校に通う傍ら、夜勤もこなした。とにかく忙しかったが、新しい命の誕生に「おめでとうございます」と言える仕事が誇らしかった。

22歳で結婚。3人の子をもうけた後、総合病院に。育児と仕事と通学をこなし、3年で正看護婦の資格を得た。「頑張れば報われる」が口癖になった。

1990年から永生病院に勤務。03年に430人の看護師らを束ねる看護部長に就き、翌年から外国人研修生らと接してきた。慣れない土地で仕事に向き合う姿に、働きながら資格を積み上げた自分を重ねた。

一昨年、定年を迎えて相談役として残ることを決めた時、人材の確保と育成に力を注ごうと思った。

今、永生病院にいる外国籍の看護師や介護士はフィリピン、中国、インドネシアの男女11人で、さらに増える予定だ。多くは、看護助手として働きながら日本の資格取得をめざして勉強中。「頑張れば必ずチャンスが来るから」。口癖だった言葉で励ましている。

もちろん、行き違いは茶飯事だ。「病院の理念は分かった?」と尋ねた時の返事が、「棚にあります」。シーツなどを意味する英語の「リネン」との勘違いだった。日本語の読み書きが不得意で、引き継ぎに苦労する。それでも「長い目で見ようよ」と笑い飛ばせる余裕が、今はある。

仕事を教えているつもりが、逆に大切なことを教わっている、といつも感じる。「日本のお年寄りは、お見舞いが少なくてかわいそう」。フィリピン人看護師の一言に、「仕方がないこと」と思いこんでいた自分に気づいてはっとした。笑顔を絶やさない姿勢が、いかに患者を安心させるかも実証してくれた。

インドネシア、フィリピンとの経済連携協定に基づき、昨夏から外国人看護師、介護士の受け入れが全国の病院でも本格的に始まった。講演などで全国を飛び回る日々。看護師の道を選んだ長女(36)は「時代の先を見据えて行動しているね」と応援してくれる。

看護の心に国境はない。それを広め伝えることが、今の使命と信じている。(小林篤子)

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日本語学習の改善訴え/インドネシアからの看護師候補者ら(2009/07/02 朝日新聞 朝刊 29ページ)

経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアから昨年8月に来日し、病院や施設で働きながら看護師や介護福祉士になろうとしている候補者たちの日本語学習について、改善を求める声が高まっている。看護師や介護福祉士の資格を得るには国家試験の合格が絶対条件。しかし、受験を支える態勢は病院や施設で差が大きい。「このままで本当に試験に受かるのか」。来日2年目を控え、関係者たちから不安の声が出始めた。

◇国家試験 問題読めず「合格は無理」

「国家試験の問題に、全部ふりがなをつけてもらえるようお願いしてください」関東地方の民間病院で働いているインドネシア人の看護師候補者の20代女性は、そう訴える。

この女性だけではない。

「(看護師国家試験の)問題が全く読めずショック。チャンスはまだ2回あるが、それでも合格は無理」

「日本語学習のプログラムを作って」

インドネシアから来た看護師・介護福祉士の候補者を支援する民間団体「ガルーダ・サポーターズ」が4月に候補者に実施した調査でも、日本語学習への不安や要望の声が相次いだ。

「国家試験合格にはほど遠い日本語学習の現状」。調査はそう総括した。

約半年間の日本語研修の後、勤務現場に入った候補者たちへの国家試験合格に向けた統一カリキュラムはない。すべて受け入れ側の介護施設や病院に任せられている。

ガルーダ・サポーターズが5月、受け入れ施設に実施した調査でも対応に差があることがわかった。

看護師の国家試験は年1回ある。回答した33の介護施設・病院のうち、看護師候補者がいて、来日後すぐに対応に迫られる病院(回答18カ所)に絞っても、差は著しい。

週あたりの日本語学習の回数で、「5回」か、あるいは「6回」と答えたのが計10カ所。一方、「1回」か「2回」は計5カ所。1週間あたりの学習時間が10時間以上のところが7カ所あったのに対し、4時間以下が5カ所あった。

使っている教材もまちまちだ。日本語研修で使っていた教材を利用する例もあれば、いきなり日本語で書かれた看護師国家試験の教本を使う例もある。漢字にルビがふってある小学生向け新聞を使うところもあった。

「施設間に差があると思われるので、集合教育で進度状況を確認し、助言してほしい」「受け入れ機関の情報交換がスムーズにできない」など、要望も尽きない。

◇問題放置 他国へ人材流れる恐れも

看護師と違って国家試験の受験資格に3年間の実務経験が必要な介護福祉士を目指す場合はさらに状況は厳しい。アンケート(回答15介護施設)では、学習回数がわずか週1〜3回が11カ所を占めた。1週間あたりの合計学習時間も、10施設が4時間以下と、病院よりも学習の機会が少ないことをうかがわせた。

ガルーダ・サポーターズの共同代表で日本語講師の本多敏子さんは、「日本で働くのなら、現場で支障のない程度の日本語能力を身につけるのは当然。ただ、EPAで受け入れたからには国家試験合格に向けた語学教育のガイドラインを用意して、少なくとも頑張った者が国家試験に受かるための環境は整備するべきなのでは」と指摘する。

海外からの人材受け入れを促進する声は強まっている。自民党の議員連盟が08年6月、推進に向けた政策提言をまとめた。日本経済団体連合会も同年10月、「人口減少に対応した経済社会の在り方」と題し、積極的な移民政策を提言した。

この中で、看護師や介護福祉士に触れ「医療や介護を必要とする高齢者が今後ますます増えていくことを考慮すると、必要な人材を柔軟に受け入れられる制度設計を」とうたう。また、5月にはインドネシアに続き、フィリピンからもEPAに基づく看護師・介護福祉士候補者が来日している。11月には、母国での4カ月間の研修を終えたインドネシアからの第2陣の来日も予定されている。

高い専門知識や技術を持つ外国人が、日本でその技量に見合った待遇で働けるようにするには、現場で知識や技術を生かせるような語学教育を系統立てることが欠かせない。インドネシア人の看護・介護職の受け入れをその先べんと位置づけると、今後の移民政策を考える上でも、日本に突きつけられた課題だ。

移民政策に詳しい安里和晃(あさとわこう)・京都大学特定准教授は「日本語教育や金銭的な待遇をはじめとするマネジメントのあり方など、受け入れに必要な体制が整備されず、候補者の能力が発揮できない土壌のまま放置されれば、日本人と外国人の労働市場の階層化がすすみ、賃金も下がるという悪循環が起きる。また、外国人は日本に行くメリットがないと判断して他国を選ぶ」と警告する。

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日本語習得/草の根支援/介護志すインドネシア人にボランティアら/大阪(2009/07/04 朝日新聞 夕刊 11ページ)

インドネシア人の介護福祉士候補者たちが各地の施設で働き始めてから約5カ月。それぞれ3年後の国家試験をめざし、現場で学びながら活躍している。母国で身につけた専門知識はあるが、最大の「壁」は言葉だ。日本語教育は施設任せの国に、「無責任だ」との不満も出る中、「力になりたい」とボランティアたちが名乗りを上げている。

大阪府枚方市の特別養護老人ホーム「御殿山カーム」。同市に住む藤田勝利さん(67)が毎週水曜日の夕方、施設で働くインドネシア人に日本語を教えている。介護福祉士の国家試験の問題集をもとにした自作の問題を解かせたり、写真を使って日常会話を教えたり。身ぶり手ぶりで四字熟語の説明もする。

藤田さんは会社員時代に2年間ジャカルタに駐在。文化や人々の気質にほれ込み、定年後、日本語教師の資格を取って、05年から3年間、現地で高校生らに日本語を教えた。今回、来日した人たちが日本語で悩んでいるのを知り、協力を名乗り出た。

施設で働く候補者は3人。当初は職員が教えていた。伊與木(いよき)文彦施設長は「うまくいかずに困っていた。経験のある藤田さんは頼りになる」。

「試験には『温罨法(おんあんぽう)』『骨粗鬆症(こつそしょうしょう)』など難解な単語が頻出する。でも、彼らには熱意がある。何としても合格させてあげたい」と藤田さん。指導を受けるアブドゥラー・コマルディンさん(24)は「理解できないところはインドネシア語で質問できるからありがたい」と話す。

日本語指導ボランティアを養成する神戸市のNPO法人「実用日本語教育推進協会」(THANK’s)も、同市内の特別養護老人ホーム「うみのほし」で働く2人の指導を始めた。同法人の会員約20人の半数は大学や語学学校での指導経験がある。インドネシア語を含む8カ国語の初級会話テキストも作っている。高畑笙子理事長は「せっかく仕事を覚えても、ちょっとした意思の疎通に困ると聞いた。指導は日常会話に重点を置き、様々な相談事も受けたい」と話す。

外国人の介護労働について研究する大学教授らが、昨夏に来日した104人のうち、大阪で研修を受けた男性29人、女性27人にアンケートしたところ、「もっと研修で習いたいこと」(複数回答)として、男性で8割、女性で6割が日常の日本語を、さらに男性8割、女性9割が介護の専門用語を挙げ、言葉に不安を抱いていることを示した。また、54人が「資格を得たら日本で働きたい」と回答。とくに女性は「10年以上」「5〜10年未満」の就労希望が8割を占めた。

介護福祉士の国家試験は日本人でも合格率約50%の難関で、専門用語が難解な漢字で出題される。日本語教育については、半年間の研修に盛り込まれているが、施設に着任してから国は関与しておらず、現場で働くインドネシア人の多くが不安を抱いている。

これに対し、市民団体の支援の動きが広がる一方、研究者らからは、試験や教育カリキュラムの改善を求める声が上がっている。

アンケート調査をした大阪人間科学大の中井久子教授は「将来、日本で介護の人材が不足するのは明らか。高い意識を持ち、長期就労を望む彼らを大切にするためにも、国は日本語教育をはじめ、施設をバックアップし、長期的視野に立った人材育成にかじを切るべきだ」と話している。

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インドネシアからの看護師・介護福祉士候補者/日本語習得が壁に(2009/07/09 西日本新聞朝刊 8ページ)

◇3年内の国家試験合格条件 研修は施設任せ/生活 明日の支え

経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアから看護師・介護福祉士候補者208人が来日してもうすぐ1年がたつ。今年5月にフィリピンからも283人が来日、11月にはインドネシアからの第2陣も到着するが、3年以内(介護福祉士は4年以内)に日本の国家試験に合格しなければ帰国という条件がある。今年2月の看護師試験の合格者はゼロ。「言葉の壁が高く、このままでは1人も受からないのでは」との声も出始めている。

福岡県久留米市の田主丸中央病院(360床)は2月、院内の活性化を目的にインドネシア人看護師候補者2人を受け入れた。

「お顔をふきますよ」。レフィアナ・エファさん(26)がお年寄りの耳元でささやき、蒸した布を丁寧に顔に当ててふき始めた。ナースステーションでは、フタペア・アシアナさん(30)が同僚の指導を受けながら、患者の朝の容体を電子カルテに入力している。「血圧118と76、腹痛なし…」

2人はインドネシアで看護師としてそれぞれ3年、5年の現場経験を積んで来日した。日本では無資格の看護助手扱いとなるため、注射や点滴などはできない。「同僚が忙しそうにしているとき、手伝えないのがつらいです。本当はできるのに」と母国では看護主任を務めていたアシアナさんはつぶやいた。

2人はほかのインドネシア人候補者とともに昨年8月に来日。神戸で半年間、日本語研修を受けた後、同病院に配属された。

午前8時半−午後12時半が病棟で仕事。午後1時半−同5時が日本語や国家試験対策の座学。給与は1日7・5時間分が日本人に準じて支払われ、一部を実家に仕送りしている。「一緒に来た仲間の中で、私たちは恵まれているほう」と2人は口をそろえる。

日本語、特に漢字の読み書きに苦労している。2月の国家試験はともに4割の出来。合格には例年9割前後の得点が必要だ。2人の研修を受け持つ看護師の濱崎ヨシ子さん(61)は「2人とも敬老精神にあふれ、性格、技術とも申し分ない。試験では、せめて『臥位(がい)』などの難解な用語だけにでも英訳を入れてほしい」と語る。

「英語での国家試験受験を認めて」「施設によって研修にばらつきがある」

5月末、福岡市で開かれたシンポジウム「インドネシア人ケアワーカーを日本に迎えて」(九州大アジア総合政策センター主催)では、候補者や研究者から、国家試験への不安や、受け入れ施設での研修の限界について指摘が相次いだ。同センターには「8時間働いて、勉強する暇がない」という相談も寄せられている。

同センターの今年1月の調査では、介護福祉士候補者の97%が来日理由に「先進的な技術を身につけるため」を挙げたが、資格の関係で高度な仕事はできない。受け入れ施設は渡航費や研修費など1人100万円近くを負担するが、候補者が国家試験に合格する保障はない。こうした現状があるためか、日本側あっせん機関の国際厚生事業団(東京)によると、フィリピンもインドネシア第2陣も受け入れ施設が少なく、当初予定の6割ほどの来日にとどまった(インドネシアは予定)。国は、タイやベトナムからも看護師・介護福祉士候補者を受け入れる予定で、EPA交渉を続けている。

◇政府の支援不可欠 大野俊・九州大アジア総合政策センター長に聞く

日本人の労働条件改善が先決として、看護・介護業界の抵抗感が強い中で、政府は協定を結んだ。候補者や施設、両国外交にとっても不幸な結末とならないよう政府が支援するべきだ。

まずは、受け入れ施設任せとなっている日本語研修も含めた国家試験対策を、政府主導で進めること。試験で難解な漢字にルビをふったり、滞在年限を延ばすことも一案だ。賃金トラブルを避けるため、施設も候補者に労働条件を事前に細かく説明する責任がある。

海外から看護師や介護士を大勢受け入れているサウジアラビアは英語での国家試験を認め、カナダやオーストラリアは定住促進策を講じている。世界的な人材争奪戦が起きかねない中、日本の政策は見劣りがする。

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日インドネシアEPA/2年目/看護師候補ら350人研修/日本に「期待」と「不安」(2009/07/14 毎日新聞 朝刊 7ページ)

日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士派遣事業で、2年目にあたる今年の候補者350人の日本語研修が13日、インドネシア・ バンドンで始まった。

事業初年度だった昨年は、候補者らが日本に渡航した後に半年間の研修が行われたが、今年は経費節減などの理由から、まずインドネシアで4カ月間研修し、日本に派遣後、さらに2カ月間行う形に変更された。

EPAによる看護師・介護士候補の受け入れにあたり、日本側が設けた上限は2年間で計1000人。昨年は十分な告知・募集期間がなかったことなどが影響し、日本に渡ったのは208人だった。今年は世界的な経済危機の影響もあり、約800人の枠に対し、日本側の求人は467人にとどまった。

今年の候補者の多くは、インターネットなどを通じて、現在日本の病院・介護施設などで働いている昨年の候補者から職場環境などの情報を得ており、目的意識も高い。介護士候補のユディ・ハリ・クルニアワンさん(22)は、「このチャンスが得られてうれしい。去年行った知人の話を聞く限り、節約すれば毎月700万ルピア(約7万円)くらい貯金できるかもしれない」と話す。

しかし一方で、「職場の日本人が、すぐに心を開いてくれないと聞いた」(女性看護師候補)、「日本ではあらゆることがきちんと決められ、インドネシアのようにのんびりしていないようだ。新しい環境は自分にとって大きな挑戦だ」(男性看護師候補)などと不安がる声も聞かれた。

日本側関係者は「今のところは意欲のある優秀な人材を確保できている。だが、日本人でも合格が難しい国家試験を課していることなどが応募の動機をそぎ、長期的には他国に人材が流れる可能性もある」と話している。

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日インドネシアEPA/「厳冬つらい」初の帰国者/青森に赴任の看護師候補/9カ月で (2009/07/16 毎日新聞 夕刊 8ページ)

2国間の経済連携協定(EPA)に基づき、昨年初めて日本に派遣されたインドネシア人看護師候補者から、初の脱落者が出ていたことが分かった。青森県八戸市の病院で働いていたヌルル・フダさん(26)は、現地の気候が体に合わず9カ月で帰国を余儀なくされたが、「周囲の日本人はいつもやさしい言葉をかけてくれた。今も感謝している」と日本での生活を振り返っている。

昨年8月、他の候補者とともにインドネシアをたったヌルルさんは、2月まで東京で研修を受けた。子供のころから気温が下がると鼻炎などを起こしていたが、「研修中は体調に問題はなかった」と話す。しかし、八戸に赴任した後、頭痛や顔や全身の皮膚が腫れる症状が出るようになったという。

インドネシアの中でも高温多湿なスマトラ島中部出身のヌルルさんにとって、冬の八戸は「想像をはるかに超えた寒さ」で、徒歩5分の通勤さえ「寒くて気を失いそうになった」。薬の処方も受けたが症状は改善せず、週に3〜4日しか出勤できない状態が続き、「このままでは周囲に迷惑をかける」と帰国を決断。契約を取り消し、5月初めに自費で故郷に戻った。

現在は地元の看護学校で講師として働く。夫を残しての日本行きだったが、帰国後、初めての子供も授かった。ヌルルさんは「東京や青森、美しい日本の景色を懐かしく思い出す」と振り返り、「外国で、特に日本で働くのは昔からの夢だった。自分には勤まらなかったが、すばらしい経験だった。一緒に渡った仲間には、これからも頑張ってほしい」とエールを送った。

インドネシアからは昨年、看護師・介護福祉士候補者の208人が日本に派遣された。2年目の今年は最初の4カ月をインドネシアで研修する形に変更され、現在350人の候補者が現地で研修を受けている。

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外国人看護師・介護福祉士支援協議会 発足!

希望に胸膨らませて来日したEPA候補者は、就労しながら勉強し国家資格の合格を目指します。

慣れない異国の地で生活しながら、この関門を突破するには、彼ら彼女らの努力だけでなく、日本に住む私たちみんなの支援によって、より生活しやすく、より勉強しやすい環境を整えてあげることが必要なのではないでしょうか。

みんなの力でEPAを成功させ、実り多いものにしましょう!

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看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN)2017年 1月〜11月号

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